2021年12月6日月曜日

姉さん No.1208

大切な人が癌になった。子宮頸がんのステージ4だった。

コロナでお見舞いも行けず、病状を知ったのも、つい最近だった。


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知る人ぞ知る、そんな人。

神田昌典先生や本田健さんのアドバイザーで、みんなから「姉さん」の愛称で呼ばれていた。

平先生はもちろん、名だたる昔からのマーケッターは皆、お世話になってる。

名前を知ってる人は多くても、会ったことのある人は少ない。

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私も姉さんとはよく海外、アメリカにイギリスにと、世界中ご一緒させていただいた。

姉さんとは神田先生グループ内のタバコ仲間で、いつもセミナーや旅行を抜け出してタバコを吸ってた。フォレスト出版の太田大将と、神田先生のパーコン筆頭の澤田先生といつも4人だった。

また、ウチのチームぐるみ、家族ぐるみで世話になり、悩んだ時はよきアドバイスをくださり、それですごく助かった。

年齢もひとつ上、会えばいつも元気をくれる、本当に姉さんのような存在だった。

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以前、平先生の還暦パーティーに、神田先生が列席してくださった。

これは、古くからのマーケッターにとって、結構な大事件だったの。

平先生は、神田先生が来てくれるのが一番嬉しい。しかし、そうはいかない事情のようなものもあった。

もちろん、私たちも神田先生が来てくださるとは思ってもいなかった。

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姉さんに相談したところ、姉さんは私にこう言ってくれた。

「神田っちには、姉さんから話してあげるから、ヒロタさん、安心しな」

その後、神田先生からファックスがあった。それを見つけたスタッフがこう叫んだ。

「神田先生、ご参加!」

事務所内がどよめいた。

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会場では、神田先生が、素晴らしいスピーチをくださった。その内容、言葉の気遣いに、皆が涙した。

平先生は、私に深々と頭をさげ、「ありがとう」と言ってくれた。私も泣けてきた。

神田先生がご参加くださったことで、私の平先生への弟子としての最高の恩返しができた。

あれは全て、姉さんのおかげだったんだ。

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その、姉さんが体調に異変を感じはじめ、病院に行ったのが、コロナに入るか入らないかの時期。

調べたら、子宮頸がんのステージ4だった。

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最近連絡が取れないなあ?お会いできるスケジュールが来ないなあ?コロナだからかなあ?お身体大丈夫なのかなあ?

などと思っていた会員さんは多かったろう。

そんな時、一つのレターが届いた。

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そこには、病状の説明と共に、こう書かれていた。

《ガンの家系だったので覚悟はできてる。抗がん剤はお断りした。

元々、オマケの人生って言っていただけあって、我が人生に本気で悔いがない。

「長生きはしたくない」、「ちゃんと生きないと死ねないからね」 と言い続けてきているし、だからそんなにみなさんは心配しないで欲しい。

本当に自分でもびっくりするぐらい思い残しがない。

おかげさまで食べたいもの食べて、行きたいところへ行って、欲しいもの買ってという人生を、小さな頃からずっと歩ませてもらって、そうやって生きるにはどうすればいいかって生きてきたから、そうやって生きてます。

ちょっと気がかりはもう少し部屋の掃除をしたいことだけ。》

(文中略)

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最後の言葉はこう結ばれてた。

「みなさん、ちゃんといい子に、ちゃんと自分の人生を生きるんだよ。わかった?じゃあね」

これが、姉さんを慕った者への、最後の言葉になった。最後まで、本当に姉さんらしい言葉だった。

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お見舞いも行けなかったし、訃報を聞いても、お葬式にすらも行けない。

(コロナが憎いし、既に宝くじレベルの感染者に怖がり社会を潰す、そんな世間の意識をも憎んでしまう)

姉さんに感謝の気持ちと共に、ご苦労様、お世話になりました。姉さんの存在で、多くの人が道を誤らず、助けられました。

ちゃんといい子に、ちゃんと自分の人生を生きていきますね。一生懸命。

姉さん、ありがとうごさいました。ゆっくり休んでください。

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