クリスマス。この時期はいつも、お客様のところへサンタの姿で廻る。
総勢数百名が、これまた数千件のお客様の家を回る。うちのグループの、風物詩と言ってもいい。
「別にコロナだからってやめるのではなく、置き配でもいいから届けたいです」
ウーバーから出前から、配達屋さんは、非接触のために置き配をしてる。
だから、ちゃんと消毒して、袋に入れて玄関に置き、お届けすれば、少なくとも「サンタが家にやってきた」というプレゼントは渡せるじゃん。
自分のところのスタッフを褒めるのはアレだけど、よく気づいてくれた。
「コロナだから、クリスマス作戦をしなくても仕方がない」
しかし、スタッフは、「なんとかやる方向」でしか、物事を考えなかったのだろう。
「感染対策でお邪魔できない→置き配すれば良い」というのは、言われてみれば普通のことかもしれない。
しかし、コロンブスの卵で、動く側、なんとかやる側で考えないと、この発想は出ない。
だって、ウチのスタッフは、毎年クリスマスを家族で過ごさず、お客様の家を回っている。つまり、イブを家族と過ごしたことがない。
だから、「今年こそ初めて、クリスマスを家族と過ごせるかも」と思ったっておかしくないんだから。
クリスマスにプレゼントをするのは、郵送でも構わない。
しかし、私たちがプレゼントしたいのは、モノではない。
私たちのお客様は、子育て世代の方々。小さいお子様がいる。
この体験こそが、私たちを選んでくださったお客様へのプレゼントなんだ。
キリスト教の祭にちなんだこの日、街はジングルベルの音、テレビもクリスマス番組一色。新しい家で家族団欒を過ごしてる。
置き配で、玄関に置かれたプレゼントに、一枚のサンタの写真が挟まってる。
置いたらピンポンするからね、気づいてもらえるようにしてる。
「なんだろう、〇〇くん、〇〇ちゃん、玄関見てきて」
一枚のポラロイド写真は、サンタが玄関でピースしてる写真。
それを見て「サンタさんって、本当にいるんだ」と子供たちは目をキラキラ輝かせるだろう。
今年は、それを彼ら自身の目で直接見ることは叶わないだろう。しかし、容易にその瞬間を想像することはできる。
この瞬間のために、この一瞬のためだけに、ウチのスタッフは今年も自分のクリスマスを潰して、それに殉じることだろう。
ウチのスタッフは最高だよ。誇らしいとともに、尊敬するよ。
クリスマス作戦の写真を載せるね。会員さんには原本をメールで送るよ。