私が入会している経済塾の集まりに、なんと、日本人唯一のカジノオーナーであり「勝つまでやめるな」の著者、和田さんが来てくれました。
和田さんのプロフィール、これメッチャすごくてさ、、、
元柔道のオリンピック強化選手で、身長193センチの巨漢。日本人最強のバカラプレーヤーとして、カジノで20年間勝ち続け、数百億円を稼いだ。一回のカジノ旅行で勝った最高額は30億円。現在、日本人初、かつ唯一のカジノオーナー。また他にも十数社の会長として、要人警護の会社なども所有してる。
まあ、私と一緒なのが十数社所有というくらいなんだけど、まあ、私と違ってすごいお金持ちだわー。
なんたって、ちゃんとしたカジノは、実際買おうと思ったら百億円以上する。ホテルもついてるしね。
しかも、大体にしてそういうのって、キャッシュなの。売り主がお金が欲しいから。で、もし融資うけて、正式に「買い」に行ったら、多分、倍は言われる。
ちなみにこの人、現金数百億持ってるね。
ちょっと桁が違うわ。
余談だけど、この経済塾にはこのクラスの人がごろごろいる。現金を数百億持ってるという人。私たちのような、年収一億だとか、二億だとかそんなレベルはハナクソ。
実際、表に出ない人の方がすごいんだよねー。
・・・
まあ、せっかく話を聞いたので、これ言っていいかどうか知らんけど、本には書いてない話を少し書こうかな。
カジノオーナーとして、キャッシュで百億円以上払ったのは書いたよね?でさ、そのカジノの売り上げってさ、、、
年間700億円以上あるらしいよ。
カジノってさ、原価かからないよね。
固定費がかかるだけでさ。いくら賭けてもらっても、必要なのは、カジノの設備とディーラーだけ。
いくらの利益、収入か、考えてみてちょんまげ・・・
恐ろしいわ。
・・・
ここで教訓。
和田さんが、「このカジノを買う?」ってオファーが来たときにさ、みんなが反対したんだって。
奥さんも、仲間も、誰も彼もが反対したそう。でも、和田さんは「アホ、買うんじゃ!」とかいって、自分が忙しいのですぐに行けないからって、秘書にまず10億を持たせて、飛行機に乗せたの。
10億円の現金をどうやって通関するんだろう?と怖くなるけどね。
ちなみに、まだそのときには、和田さんはそのカジノ自体を見てもいなかったらしいよ。
で、成功だったかどうか?すでに結果は出てるよね。
百億の投資、一年のリターンが数倍。
すげー。
こわー。
和田さんは言います。
「何かをやろ、と思ったとき、周りみんなが反対したら、チャンスやで!」
・・・
最後に、和田さんの必勝法を書いておきましょう。
いちいち言わなくても、本のタイトルでわかっちゃうんだけどね。
「勝つまでやめるな」
なんだよね。
実際、和田さんは、数日寝なくても勝つまでやめないそうだよ。まあ、所持金の多寡もあるんだろうけどね。
これ、応用するとしたらさ、私たちも、いったん戦ったら、勝つまで頑張ればいい。ギャンブルじゃないから、所持金は、、、
自分の、努力の量だから。
みんな、「自分にとっての何か」を勝ち取るまで、あきらめずに、がんばろうね。
・・・
まあ、和田さんの場合、異様なほどの「引きの強さ」があるよね。
「引きが強くなる」、つまり強運になるコツも、実際あるよ。
長くなったから、また書くね。
でわー
あ、にんにく食べたら強運になる、というオチではないよ!
2013年7月18日木曜日
2013年7月15日月曜日
授賞式だよ No.0512
まあ、日記とかもそうなんだろうと思うんだけど、フェイスブックとかブログとかって、書き出すと毎日書くし、書かないとずっとご無沙汰してしまう。
まあ、そういったもんなのだろうね。
最近あまりに旅行が多くて、仕事が進まん。
というか、私の場合、自分自身がいったい何の仕事してるのかもよくわかってない。もとより自分の職業も人に言えない(大きな口で言えないとかではなく、なんと分類して良いのかわからん)のに、進むも、進まないもない気もする。
で、、、
そんな「浮いたかヒョウタン」のような、根無し草的人生を送っている私だけど、スタッフたちだけは優秀なのよ。
あまり自慢ばかりしていると、自慢しい(自慢したがる人。方言)我褒め、手前味噌など、いろんな言い方をされるかもしれんが、まあ今日も自慢してみよう。
・・・
写真は、ある全国最大規模の団体の、授賞式の様子だよ。
私が「忙しい、忙しい」と外部の連絡を絶ち、冷房の効いた部屋でガリガリ君を食べながらゲームにいそしんでいる頃、ウチの連中は授賞式に行ってたそうです。
受賞したのはウチのナンバー2であり、むしろ私よりも廣田グループにとって大切な存在、小林と、その若い衆たちだよ!
小林は、ウチの稼ぎ頭で、社長に就任以来、7年連続日本一を取ってる。一度もその座を明け渡したことがないんだ。
スタッフの受賞数も、同業種において間違いなく史上一番だと思う。
もう、100近い受賞があるよ。
まあ、親分が毎日ウダウダして働かないと、むしろ、若い衆がしっかりするのかもしれないね!
ホント、ありがたい限りだね!
・・・
そだ、これだけだと自慢しただけなので、なんでウチの連中が優秀か?という、口にするのも恥ずかしいテーマでお話しすると、、、
各社長を含めた私たちは、仕事を「作業」と捉えず、毎日を「トレーニング」と捉えてるからだよ!
どんな会社でも、どんな職種でも同じ。
若い子らが、自分自身でそう思って取り組んでくれたら、これで勝ったようなものだよ!
逆に言えば、現在サラリーマンしている人たち、毎日をトレーニング、修行と思って過ごしてね!数年後には、大きな差が出るよ!
でわー
まあ、そういったもんなのだろうね。
最近あまりに旅行が多くて、仕事が進まん。
というか、私の場合、自分自身がいったい何の仕事してるのかもよくわかってない。もとより自分の職業も人に言えない(大きな口で言えないとかではなく、なんと分類して良いのかわからん)のに、進むも、進まないもない気もする。
で、、、
そんな「浮いたかヒョウタン」のような、根無し草的人生を送っている私だけど、スタッフたちだけは優秀なのよ。
あまり自慢ばかりしていると、自慢しい(自慢したがる人。方言)我褒め、手前味噌など、いろんな言い方をされるかもしれんが、まあ今日も自慢してみよう。
・・・
写真は、ある全国最大規模の団体の、授賞式の様子だよ。
私が「忙しい、忙しい」と外部の連絡を絶ち、冷房の効いた部屋でガリガリ君を食べながらゲームにいそしんでいる頃、ウチの連中は授賞式に行ってたそうです。
受賞したのはウチのナンバー2であり、むしろ私よりも廣田グループにとって大切な存在、小林と、その若い衆たちだよ!
小林は、ウチの稼ぎ頭で、社長に就任以来、7年連続日本一を取ってる。一度もその座を明け渡したことがないんだ。
スタッフの受賞数も、同業種において間違いなく史上一番だと思う。
もう、100近い受賞があるよ。
まあ、親分が毎日ウダウダして働かないと、むしろ、若い衆がしっかりするのかもしれないね!
ホント、ありがたい限りだね!
・・・
そだ、これだけだと自慢しただけなので、なんでウチの連中が優秀か?という、口にするのも恥ずかしいテーマでお話しすると、、、
各社長を含めた私たちは、仕事を「作業」と捉えず、毎日を「トレーニング」と捉えてるからだよ!
どんな会社でも、どんな職種でも同じ。
若い子らが、自分自身でそう思って取り組んでくれたら、これで勝ったようなものだよ!
逆に言えば、現在サラリーマンしている人たち、毎日をトレーニング、修行と思って過ごしてね!数年後には、大きな差が出るよ!
でわー
2013年7月8日月曜日
熊本城に来たよ No.0511
熊本城へいってきたよ。これまた、社員旅行。今年に入って、10回目くらいか?ほとんど東京にいない気がする。もう、お部屋返そうかなー
で、、、
熊本城と言えば、加藤清正。築城の名手で、優秀な家臣を持っていたことでも有名です。
面白いエピソードがあるんだよ。
ある村に、「才八」と「力士」と呼ばれる、わんぱくで手のつけられなかった二人がいました。そこに、「虎之介」という名の同じ年頃の子供が引っ越してきます。
3人は、いつも徒党を組んで、悪さをしたり、近所の村の悪ガキとケンカしたりしていました。
あるとき、3人は、、、
「今から剣の勝負をして、負けたものは勝ったものの家来になる ことにしよう」という約束をしました。
今で言えば、小学生の戯言のような約束。
結果、虎之介が勝ち、才八、力士は、家来になると約束させられます。
その後、虎之介は尾張の国(今の名古屋)に引っ越していき、彼らは離ればなれになりました。
・・・
才八、力士が大きくなった頃、一人の体の大きな武士が彼らの村にやって来ました。
その武士が言います。
「才八、力士よ、おれは虎之介だ。約定を覚えているか」
「子供の頃の約束とはいえ、いったんは男が口に出した言葉」と才八、力士はその武士についていきました。
虎之介は、後の熊本城主、加藤清正。
才八、力士は、飯田覚兵衛と森本義太夫。
賤ヶ岳の初陣からからウルサン、オランカイ(満州)の戦にいたるまで、彼らは清正とともに戦い、また、終世にわたり清正を補佐し、助けていきました。
3人のうち、別のものが最初の勝負に勝っていたら、その大名は加藤家ではなく、飯田家、森本家になっていたかもしれませんね。
でも、幼い頃からのそういう仲間というのは、とても素晴らしいですね。
・・・
まあ、清正、覚兵衛、義太夫と比べちゃおこがましいけど、ウチの仲間連中、とくに、社長連中は、もともとみんな友達なんだよね。
ナンバー2のかっちんはもともと弟だし、ナンバー3のお父ちゃんとは昔年間250日は一緒に飲んでた。稼ぎ頭の一人、久保ちゃんも友達。
いっちんも、ますダーリン、くわたん(皆ウチの誇るべき社長連中だよ。稼ぐよ)も皆同じ。
採用して就職、とかって感じじゃないんだよね。
ウチにくる前から、何かとかかわりがあるの。もともと、友達なんだから。で、今はみんな、私を助けてくれている。
本当に、有り難いことだね。
彼らは、こんな私に文句も言わず、ずっとついてきてくれて、そして毎年毎年、年間50億円という途方もないお金を稼いでくれてる。いろんなビジネスをやってるけど、ビジネスの種類なんてどうでもいいんだ。みんなで一緒にビジネスができるのならば、どんなものでもかまわない。そう、いつも話してる。
私には過ぎた仲間。
そんな仲間だけが、、、
どこにも、そして誰にも負けない、私の自慢です。
・・・
まあ、何で熊本城かというと、今回の社員旅行に連れて来てくれた、責任者のますダーリンと私が歴史好きだからだよ!
ますダーリンは、もともと、東証一部上場企業に勤めていた超のつくエリートだよ。そこの会社の社長は私も知ってるけど、「ますだ、ウチの娘もらえ」とかって気にいってたの。その100億円企業の逆玉系跡継ぎの座を捨てて、ウチにきた変わり者(?)だよ。
私がいつもダーリンと呼んでる。ますダーリンの奥さんがいつも「ダーリン」と呼んでたからそう呼ぶだけなんだけど、知らない人から見たら完璧なホモだよ!
でわー
P、S
日刊にんにく通信 VOL、3
”にんにくと成功の相関関係”
ウチの社長連中は、すでに成功者であると言っていい。で、彼らを持って、にんにくと成功は関係あるのか?にんにくを食べると成功するのかどうか?を検証してみた。
で、アンケートの結果、にんにく好き2名、にんにくキライ2名、にんにくは好きだけどお腹こわす2名、どちらかよくわからない1名。
つまり、にんにくが好きだから成功するって訳ではないということだよ!関係ないみたいだよ!そりゃそうだよね!
で、、、
熊本城と言えば、加藤清正。築城の名手で、優秀な家臣を持っていたことでも有名です。
面白いエピソードがあるんだよ。
ある村に、「才八」と「力士」と呼ばれる、わんぱくで手のつけられなかった二人がいました。そこに、「虎之介」という名の同じ年頃の子供が引っ越してきます。
3人は、いつも徒党を組んで、悪さをしたり、近所の村の悪ガキとケンカしたりしていました。
あるとき、3人は、、、
「今から剣の勝負をして、負けたものは勝ったものの家来になる ことにしよう」という約束をしました。
今で言えば、小学生の戯言のような約束。
結果、虎之介が勝ち、才八、力士は、家来になると約束させられます。
その後、虎之介は尾張の国(今の名古屋)に引っ越していき、彼らは離ればなれになりました。
・・・
才八、力士が大きくなった頃、一人の体の大きな武士が彼らの村にやって来ました。
その武士が言います。
「才八、力士よ、おれは虎之介だ。約定を覚えているか」
「子供の頃の約束とはいえ、いったんは男が口に出した言葉」と才八、力士はその武士についていきました。
虎之介は、後の熊本城主、加藤清正。
才八、力士は、飯田覚兵衛と森本義太夫。
賤ヶ岳の初陣からからウルサン、オランカイ(満州)の戦にいたるまで、彼らは清正とともに戦い、また、終世にわたり清正を補佐し、助けていきました。
3人のうち、別のものが最初の勝負に勝っていたら、その大名は加藤家ではなく、飯田家、森本家になっていたかもしれませんね。
でも、幼い頃からのそういう仲間というのは、とても素晴らしいですね。
・・・
まあ、清正、覚兵衛、義太夫と比べちゃおこがましいけど、ウチの仲間連中、とくに、社長連中は、もともとみんな友達なんだよね。
ナンバー2のかっちんはもともと弟だし、ナンバー3のお父ちゃんとは昔年間250日は一緒に飲んでた。稼ぎ頭の一人、久保ちゃんも友達。
いっちんも、ますダーリン、くわたん(皆ウチの誇るべき社長連中だよ。稼ぐよ)も皆同じ。
採用して就職、とかって感じじゃないんだよね。
ウチにくる前から、何かとかかわりがあるの。もともと、友達なんだから。で、今はみんな、私を助けてくれている。
本当に、有り難いことだね。
彼らは、こんな私に文句も言わず、ずっとついてきてくれて、そして毎年毎年、年間50億円という途方もないお金を稼いでくれてる。いろんなビジネスをやってるけど、ビジネスの種類なんてどうでもいいんだ。みんなで一緒にビジネスができるのならば、どんなものでもかまわない。そう、いつも話してる。
私には過ぎた仲間。
そんな仲間だけが、、、
どこにも、そして誰にも負けない、私の自慢です。
・・・
まあ、何で熊本城かというと、今回の社員旅行に連れて来てくれた、責任者のますダーリンと私が歴史好きだからだよ!
ますダーリンは、もともと、東証一部上場企業に勤めていた超のつくエリートだよ。そこの会社の社長は私も知ってるけど、「ますだ、ウチの娘もらえ」とかって気にいってたの。その100億円企業の逆玉系跡継ぎの座を捨てて、ウチにきた変わり者(?)だよ。
私がいつもダーリンと呼んでる。ますダーリンの奥さんがいつも「ダーリン」と呼んでたからそう呼ぶだけなんだけど、知らない人から見たら完璧なホモだよ!
でわー
P、S
日刊にんにく通信 VOL、3
”にんにくと成功の相関関係”
ウチの社長連中は、すでに成功者であると言っていい。で、彼らを持って、にんにくと成功は関係あるのか?にんにくを食べると成功するのかどうか?を検証してみた。
で、アンケートの結果、にんにく好き2名、にんにくキライ2名、にんにくは好きだけどお腹こわす2名、どちらかよくわからない1名。
つまり、にんにくが好きだから成功するって訳ではないということだよ!関係ないみたいだよ!そりゃそうだよね!
2013年7月6日土曜日
勝負の勝ち方 No.0510
チャレンジがどうこう、という記事を書いたので、片手落ちになるといけないと思い、チャレンジを成功させるコツとして補足を書こうと思います。
まず、大前提として、チャレンジをできる人間でありたいね。失うものの怖さよりも、乗り越えた際の光を見て生きていきたいものだと思います。
で、、、
まあ、当たり前の話だけど、やみくもに何でもトライすればいいか?というと決してそうではありません。チャレンジがのるかそるかの勝負であった場合、やはりそこにはひとつの「勝ち方」というものがあります。
昨日の記事だと、とにかく捨て身で行け、という風に捉えがちになるかもなー、と思いました。
チャレンジが山を登るだけのものであればいいのですが、何らかの「勝負性」がついてまわることが多いはずです。ギャンブル性といってもいいかもしれません。
もし、「ダメで元々じゃい!」とかいって、なんでもかんでも捨て身で行ってギャンブルしてたのでは、人生がいくつあっても足りません。ホントに、いつかは振り出しに戻ることになってしまいます。
ということで、今日は、チャレンジを成功させるコツ、というか、勝負に勝つ、私の思うポイントをご紹介しましょう。
・・・
ちょっと変な話になるけどさ、男の子ならきっとわかりやすいと思う(女性の方ごめんなさい)ので、ケンカの強さに例えて良いかな?
ケンカの強さって、何だと思いますか?
体力?体が大きい?格闘技やってる?運動神経がいい?顔が恐い?
そういうもんじゃないの。
基本、普通の人間同士なら、どれだけ大きくても、格闘技が強くても、あまり関係ないの。だって、あの力道山やブルーザーブロディだって、ナイフ一本で死ぬんだよ。私たちが街でケンカになったとして、相手がブロディ以上の戦闘能力を持ってるなんてありえない。
どれだけ非力な人でも、ナイフ一本あれば、人間同士の戦闘能力なんてカンタンにひっくり返せるの。
つまり、ケンカの強さっていうのは、ちょっと違うところにあるのよ。
・・・
ふたつあります。
ひとつは、「つくり」です。
ケンカというものは、実は、殴り合うまでにほぼ勝負は決定しています。ケンカ慣れしてる人間はそれがうまいの。
「ケンカ慣れ=殴り合いが強い」という訳ではないの。
「ケンカになるまでの、自分が勝つ形に持って行くのがうまい」ということなの。
武田信玄だったっけ?「戦う前に勝て」なの。
もうひとつは、気迫だね。覚悟といってもいいと思うけど。
・・・
これまた変な話だけど、面白い例なので紹介するね。(こういう系の話が嫌いな人は読まないでね)
まあ、物語ていどに聞いてください。
私の友人に、交渉を生業としている人がいます。交渉人。プロのネゴシエイターです。
ずいぶん昔の話ですが、その人(Aさんとしましょう)がある相手ともめました。相手は社会的に見て、非常にややこしい人たちです。そして、Aさんは彼らとある喫茶店で話をすることになりました。
相手は5人ほど。Aさんは1人。
Aさんは実際かなり肉体的に強い人間なのですが、戦闘能力を比較したらかなり不利でしょう。
で、まあ、相手はいろいろプレッシャーをかけながら、話を有利に進めようとした訳です。人数が多いことをカサに着て「このままお前をさらってやろうか」とかなんだとか。肩をいからせて、暴力に訴えようとしてきます。上着の内側から黒い鉄の塊をチラチラ見せたりもします。
しかし、薄ら笑いを浮かべながら、Aさんは言いました。
「ははは、やれるもんならやってみい」
とニヤニヤ笑ってます。
相手は驚きます。何でこんな自信があるのか?理解ができなかったでしょう。気持ち悪かったと思います。
結果、相手方はAさんの気迫に押され、交渉はAさん有利に終わりました。
・・・
この話、面白いオチがあるのです。
1対5。
でも、Aさんはいちかばちかの勝負をかけた訳ではありません。やぶれかぶれで、ダメなら元々!と向かっていこうとした訳ではないのです。
実は、秘密がありました。その喫茶店にいたお客。
Aさんと、相手方が入ってくるまでに、すでに喫茶店にいた客。
ちょっと人数は忘れたのですが、、、多分30人くらい。
実は、話をするテーブル以外の、その店の全てのテーブルには、Aさんの若い衆が何食わぬ顔をして座っていたのです。
実は、Aさんと相手方の人数差は、、、
1対5ではなくて、30対5だったのです。
こっちが30。そりゃAさん、余裕あるわな。
いちいち、「オレ、30人連れてきたのー」なんて言わなくても、その「圧倒的な力があるがゆえの余裕」って、にじみ出るものなの。
話が終わった後、Aさんは「さあ、帰るか」と声をあげ、うーん、と背伸びをしながら、席を立ちました。そのとき、一斉に30人が同時に席を立ったそうです。
相手は驚いたでしょうね。
話してる最中には一切そんなことは言わなかったのだから。
驚く相手を尻目に、Aさん一行はゆうゆうと喫茶店を後にしました。
あ、ちなみに、Aさんは「おお、勘定はこっちで払とくで。人数多いからなあ」と相手方5人に言い、36人分のコーヒー代を支払い、帰ったそうです。笑えるね。
・・・
この話のポイントは、、、
戦う前に、すでに勝ってるということです。
どう転んでも、暴力的な行動に出た場合、相手の勝ち目はなかったのです。だって、30対5だから。相手がAさんをさらおうとしたら、逆にさらわれてしまう人数です。
で、そのバックボーンがあるからこそ、自信たっぷりに話ができて、結果、こちらの有利に交渉を進めました。
この場合のAさんの交渉の勝負のポイントは、実際の交渉(ケンカで言えば殴り合い)ではなく、その前の「相手の暴力にびくともしない環境づくり」だったのです。
・・・
かの徳川家康は、多分世界史上、現役が一番長かった軍人です。
15才くらいから74才まで戦争してたんだからね。
結果として、戦が一番うまかった日本人でしょう。
その家康の、晩年の戦は、とにかくかつシナリオをつくるくらい前準備を徹底的にやり、そのうえでシナリオを粛々と遂行するだけ、という戦ぶりでした。
戦の火ぶたが切られたときには、すでに勝敗は決している、というものです。
裸で戦場へ飛び出すのではなくて、鎧をしっかり着込み、武器を持って、味方を相手の倍以上つくり、完璧なまでの準備をして、、、
それから、脅そかに「勝利へのシナリオ」を遂行していくべきなのです。
・・・
ただ、どれだけ準備をしたところで、、、
100%確実ではありません。
どんな戦にも、どんな交渉、勝負にも不確定要素はあります。その不確定要素を、えいやっと行ってしまう気迫が必要なのです。
Aさんの場合も、相手がいきなり逆上して、その場でAさんを撃ち殺してしまう、というパターンもあるでしょう。しかし、その不確定要素は「たぶん、撃てない」と踏んでいくわけです。ギャンブル性のある勝負だけどかなり確率は低いです。衆人環境の中だしね。そうそう、なかなか撃てるものじゃない。
30人が後ろについている、ということが余裕、気迫になっていった訳ですね。しかも、みんなが見てるから恥ずかしいことできないしね。
・・・
結論です。
チャレンジ。
チャレンジはどんどんしていきましょう。
そして、その中に、もし何かの「勝負要素」があるのなら、、、
できる限り、ギャンブル性を排除してください。
勝つ確率を極限まで上げてください。
考えうる限り、全ての要素をつぶしてください。
そのうえで、最終的に不確定要素は必ず残ります。
そこで、前の記事の「負けたからって何やねん、最初に戻るだけや」と思って、突き進んでください。心を強く持ってください。
皆さん、戦う前に勝とうね。
考えうる全てのことをやり終えてから、それから初めて勝負だよ。
・・・
写真は、ちょっと前のだけど、私のお気に入りだよ!べガスでギャンブルに興じる平先生。横にいるのはステファニーさんというラティーナ、うしろは中国人のボディガードだよ!ギャンブルはしちゃダメだけど、なんか楽しそうだよ!
でわー
P、S にんにく通信
オレがAさんなら、交渉前にニンニクをたくさん食べていったな。だって、臭くて、相手が話するの嫌がって、こちらに有利になるかもしれないもんね!今度、Aさんに提案してみよう!
にんにくは偉大だね!
まず、大前提として、チャレンジをできる人間でありたいね。失うものの怖さよりも、乗り越えた際の光を見て生きていきたいものだと思います。
で、、、
まあ、当たり前の話だけど、やみくもに何でもトライすればいいか?というと決してそうではありません。チャレンジがのるかそるかの勝負であった場合、やはりそこにはひとつの「勝ち方」というものがあります。
昨日の記事だと、とにかく捨て身で行け、という風に捉えがちになるかもなー、と思いました。
チャレンジが山を登るだけのものであればいいのですが、何らかの「勝負性」がついてまわることが多いはずです。ギャンブル性といってもいいかもしれません。
もし、「ダメで元々じゃい!」とかいって、なんでもかんでも捨て身で行ってギャンブルしてたのでは、人生がいくつあっても足りません。ホントに、いつかは振り出しに戻ることになってしまいます。
ということで、今日は、チャレンジを成功させるコツ、というか、勝負に勝つ、私の思うポイントをご紹介しましょう。
・・・
ちょっと変な話になるけどさ、男の子ならきっとわかりやすいと思う(女性の方ごめんなさい)ので、ケンカの強さに例えて良いかな?
ケンカの強さって、何だと思いますか?
体力?体が大きい?格闘技やってる?運動神経がいい?顔が恐い?
そういうもんじゃないの。
基本、普通の人間同士なら、どれだけ大きくても、格闘技が強くても、あまり関係ないの。だって、あの力道山やブルーザーブロディだって、ナイフ一本で死ぬんだよ。私たちが街でケンカになったとして、相手がブロディ以上の戦闘能力を持ってるなんてありえない。
どれだけ非力な人でも、ナイフ一本あれば、人間同士の戦闘能力なんてカンタンにひっくり返せるの。
つまり、ケンカの強さっていうのは、ちょっと違うところにあるのよ。
・・・
ふたつあります。
ひとつは、「つくり」です。
ケンカというものは、実は、殴り合うまでにほぼ勝負は決定しています。ケンカ慣れしてる人間はそれがうまいの。
「ケンカ慣れ=殴り合いが強い」という訳ではないの。
「ケンカになるまでの、自分が勝つ形に持って行くのがうまい」ということなの。
武田信玄だったっけ?「戦う前に勝て」なの。
もうひとつは、気迫だね。覚悟といってもいいと思うけど。
・・・
これまた変な話だけど、面白い例なので紹介するね。(こういう系の話が嫌いな人は読まないでね)
まあ、物語ていどに聞いてください。
私の友人に、交渉を生業としている人がいます。交渉人。プロのネゴシエイターです。
ずいぶん昔の話ですが、その人(Aさんとしましょう)がある相手ともめました。相手は社会的に見て、非常にややこしい人たちです。そして、Aさんは彼らとある喫茶店で話をすることになりました。
相手は5人ほど。Aさんは1人。
Aさんは実際かなり肉体的に強い人間なのですが、戦闘能力を比較したらかなり不利でしょう。
で、まあ、相手はいろいろプレッシャーをかけながら、話を有利に進めようとした訳です。人数が多いことをカサに着て「このままお前をさらってやろうか」とかなんだとか。肩をいからせて、暴力に訴えようとしてきます。上着の内側から黒い鉄の塊をチラチラ見せたりもします。
しかし、薄ら笑いを浮かべながら、Aさんは言いました。
「ははは、やれるもんならやってみい」
とニヤニヤ笑ってます。
相手は驚きます。何でこんな自信があるのか?理解ができなかったでしょう。気持ち悪かったと思います。
結果、相手方はAさんの気迫に押され、交渉はAさん有利に終わりました。
・・・
この話、面白いオチがあるのです。
1対5。
でも、Aさんはいちかばちかの勝負をかけた訳ではありません。やぶれかぶれで、ダメなら元々!と向かっていこうとした訳ではないのです。
実は、秘密がありました。その喫茶店にいたお客。
Aさんと、相手方が入ってくるまでに、すでに喫茶店にいた客。
ちょっと人数は忘れたのですが、、、多分30人くらい。
実は、話をするテーブル以外の、その店の全てのテーブルには、Aさんの若い衆が何食わぬ顔をして座っていたのです。
実は、Aさんと相手方の人数差は、、、
1対5ではなくて、30対5だったのです。
こっちが30。そりゃAさん、余裕あるわな。
いちいち、「オレ、30人連れてきたのー」なんて言わなくても、その「圧倒的な力があるがゆえの余裕」って、にじみ出るものなの。
話が終わった後、Aさんは「さあ、帰るか」と声をあげ、うーん、と背伸びをしながら、席を立ちました。そのとき、一斉に30人が同時に席を立ったそうです。
相手は驚いたでしょうね。
話してる最中には一切そんなことは言わなかったのだから。
驚く相手を尻目に、Aさん一行はゆうゆうと喫茶店を後にしました。
あ、ちなみに、Aさんは「おお、勘定はこっちで払とくで。人数多いからなあ」と相手方5人に言い、36人分のコーヒー代を支払い、帰ったそうです。笑えるね。
・・・
この話のポイントは、、、
戦う前に、すでに勝ってるということです。
どう転んでも、暴力的な行動に出た場合、相手の勝ち目はなかったのです。だって、30対5だから。相手がAさんをさらおうとしたら、逆にさらわれてしまう人数です。
で、そのバックボーンがあるからこそ、自信たっぷりに話ができて、結果、こちらの有利に交渉を進めました。
この場合のAさんの交渉の勝負のポイントは、実際の交渉(ケンカで言えば殴り合い)ではなく、その前の「相手の暴力にびくともしない環境づくり」だったのです。
・・・
かの徳川家康は、多分世界史上、現役が一番長かった軍人です。
15才くらいから74才まで戦争してたんだからね。
結果として、戦が一番うまかった日本人でしょう。
その家康の、晩年の戦は、とにかくかつシナリオをつくるくらい前準備を徹底的にやり、そのうえでシナリオを粛々と遂行するだけ、という戦ぶりでした。
戦の火ぶたが切られたときには、すでに勝敗は決している、というものです。
裸で戦場へ飛び出すのではなくて、鎧をしっかり着込み、武器を持って、味方を相手の倍以上つくり、完璧なまでの準備をして、、、
それから、脅そかに「勝利へのシナリオ」を遂行していくべきなのです。
・・・
ただ、どれだけ準備をしたところで、、、
100%確実ではありません。
どんな戦にも、どんな交渉、勝負にも不確定要素はあります。その不確定要素を、えいやっと行ってしまう気迫が必要なのです。
Aさんの場合も、相手がいきなり逆上して、その場でAさんを撃ち殺してしまう、というパターンもあるでしょう。しかし、その不確定要素は「たぶん、撃てない」と踏んでいくわけです。ギャンブル性のある勝負だけどかなり確率は低いです。衆人環境の中だしね。そうそう、なかなか撃てるものじゃない。
30人が後ろについている、ということが余裕、気迫になっていった訳ですね。しかも、みんなが見てるから恥ずかしいことできないしね。
・・・
結論です。
チャレンジ。
チャレンジはどんどんしていきましょう。
そして、その中に、もし何かの「勝負要素」があるのなら、、、
できる限り、ギャンブル性を排除してください。
勝つ確率を極限まで上げてください。
考えうる限り、全ての要素をつぶしてください。
そのうえで、最終的に不確定要素は必ず残ります。
そこで、前の記事の「負けたからって何やねん、最初に戻るだけや」と思って、突き進んでください。心を強く持ってください。
皆さん、戦う前に勝とうね。
考えうる全てのことをやり終えてから、それから初めて勝負だよ。
・・・
写真は、ちょっと前のだけど、私のお気に入りだよ!べガスでギャンブルに興じる平先生。横にいるのはステファニーさんというラティーナ、うしろは中国人のボディガードだよ!ギャンブルはしちゃダメだけど、なんか楽しそうだよ!
でわー
P、S にんにく通信
オレがAさんなら、交渉前にニンニクをたくさん食べていったな。だって、臭くて、相手が話するの嫌がって、こちらに有利になるかもしれないもんね!今度、Aさんに提案してみよう!
にんにくは偉大だね!
2013年7月5日金曜日
カオサンロード No.0509
昔、まだ若かった頃、親とか、大人から、、、「お前この先どうするつもりだ!」とよく言われました。中卒で、定職に就かない、あげくの果てに格闘技で食うとか言ってる。就職してもすぐクビ。これが自分の子供なら、だれでも将来を心配するでしょうね。
私のことをご存知な方や、本などを読んでくださった方は、私がろくでもない若い衆だったことを知っておられると思います。でもさ、、、
不思議と、自分はべつだん将来に対して、何の心配もしてなかったの。
「仕事しなければ食べていけないのではないだろうか?」
とか、
「こんなタラタラ遊びのような人生を送って、後で困らないだろうか?」
とか、、、
そんなこと、考えたこともなかった。
・・・
というか、考えたことはあるけど、私にはひとつの「切り札」があったのです。
もし将来、食うに困ったりしたら、、、
「西成でも行って、日雇いをやればいい」
と本気で思ってた。
「借金作ろうが(実際はサラ金も貸してくれなかったけど)、誰かに追われようが、西成に逃げ込んだらなんとか食えるだろう」そう思っていたのです。
そうすれば何とかなるだろう。だから、少々何がどうなっても、オレは困らない。そう心から思えること、、、
それが切り札だったのです。
・・・
で、この切り札は、大人になっても続きます。
20年前、初めて独立する際も、
「やってみて、アカンかったら、西成行ったればいいわ」
とか、
「マニラのスラムでも行けば何とかなるやろ」
なんて思ったりしてました。
まあ、年齢が経つにつれ、多少選択肢が増え、国際的になったようですね。
・・・
こんな話があります。実話です。
昔、マニラで豪遊していた、ある日本人がいました。名前は伏せます。
フィリピン人の横っ面を札束で叩き(フィリピン人にビンタをするのは、足で踏みつけるよりひどく嫌われる)、彼らを人とも思わない人間だったそうです。その日本人は、ビジネスで失敗し、多額の借金を作り、マニラへ逃げました。
彼が札束で横っ面をはたいていた彼の専属キャディーが、彼を見るに見かねて、家に住ませ、毎日の生活の面倒を見てたようです。
そのキャディーは、フィリピノホスピタリティという、困った人間を放っておけない、おもてなしの心を持っていました。
彼は、スラムの片隅で、キャディーに世話になりながら、二度と戻ることのない日本を思い続けたそうです(その彼がまだ生きているかどうかは私は知りませんが)。
そういう話を聞いたりして、、、
「おれも、そういった国へ逃げればいい。とことんまで落ちても、何とかなるだろう」
そう思っていました。
・・・
何かのチャレンジをするたび、また、人生の分岐点においてしばしば、この切り札を使いました。
お陰で、その場その場において、恐怖心を減らし、必要なチャレンジができたのだと思います。
今も、そうです。
いま、私は、将来を心配していた親や周りの大人たちの想像を超える人生を、偶然にも手に入れることができました。私にとって、考えもできなかった、過分な人生です。
そうなった現在でも、私の心の中には、あの頃と同じように「切り札」があります。
さすがに東南アジアのスラムに逃げる必要はなさそうですが、、、
こう考えています。
「大丈夫。心配すんな。
もし、最悪のことになっても、、、
最初に戻るだけや」
最初、私は何も持っていなかった。
そこに戻るだけ。
なんちゃない。
実際に口にも出して、自分自身に言い聞かせています。
・・・
何かにチャレンジしようと思って、躊躇している人がいたとしたら、こう伝えてあげたい。
大丈夫だよ。
何も怖くはない、最初に戻るだけじゃん。
どうしてもダメだったら、、、
マニラのスラムでも行けばいいよ。
チャレンジ、怖がらずに、やっていこうね。
・・・
写真は、タイのカオサンロード。
こんなとこ行ったから、こういう記事を書く気になっちゃった。
ザ・ビーチという映画で、デカプリオさんが泊まっていた安ホテルの場所。バックパッカーの聖地だよ。25年以上前、ムエタイのトレーニングで初めて行った頃は、ひどい所だったような記憶がある。今は、観光客でいっぱい。そんなに怖いところではないよ。薬の販売者と使用者が多いくらいかな。
ここはパッタイという焼きそばの屋台が多いんだよ。空が綺麗だね。
ところでさ、やっぱりさ、うーん、あえてタイ語で言うと、チャムームアンガッティアム。(鼻がニンニクに似ている)
私のことをご存知な方や、本などを読んでくださった方は、私がろくでもない若い衆だったことを知っておられると思います。でもさ、、、
不思議と、自分はべつだん将来に対して、何の心配もしてなかったの。
「仕事しなければ食べていけないのではないだろうか?」
とか、
「こんなタラタラ遊びのような人生を送って、後で困らないだろうか?」
とか、、、
そんなこと、考えたこともなかった。
・・・
というか、考えたことはあるけど、私にはひとつの「切り札」があったのです。
もし将来、食うに困ったりしたら、、、
「西成でも行って、日雇いをやればいい」
と本気で思ってた。
「借金作ろうが(実際はサラ金も貸してくれなかったけど)、誰かに追われようが、西成に逃げ込んだらなんとか食えるだろう」そう思っていたのです。
そうすれば何とかなるだろう。だから、少々何がどうなっても、オレは困らない。そう心から思えること、、、
それが切り札だったのです。
・・・
で、この切り札は、大人になっても続きます。
20年前、初めて独立する際も、
「やってみて、アカンかったら、西成行ったればいいわ」
とか、
「マニラのスラムでも行けば何とかなるやろ」
なんて思ったりしてました。
まあ、年齢が経つにつれ、多少選択肢が増え、国際的になったようですね。
・・・
こんな話があります。実話です。
昔、マニラで豪遊していた、ある日本人がいました。名前は伏せます。
フィリピン人の横っ面を札束で叩き(フィリピン人にビンタをするのは、足で踏みつけるよりひどく嫌われる)、彼らを人とも思わない人間だったそうです。その日本人は、ビジネスで失敗し、多額の借金を作り、マニラへ逃げました。
彼が札束で横っ面をはたいていた彼の専属キャディーが、彼を見るに見かねて、家に住ませ、毎日の生活の面倒を見てたようです。
そのキャディーは、フィリピノホスピタリティという、困った人間を放っておけない、おもてなしの心を持っていました。
彼は、スラムの片隅で、キャディーに世話になりながら、二度と戻ることのない日本を思い続けたそうです(その彼がまだ生きているかどうかは私は知りませんが)。
そういう話を聞いたりして、、、
「おれも、そういった国へ逃げればいい。とことんまで落ちても、何とかなるだろう」
そう思っていました。
・・・
何かのチャレンジをするたび、また、人生の分岐点においてしばしば、この切り札を使いました。
お陰で、その場その場において、恐怖心を減らし、必要なチャレンジができたのだと思います。
今も、そうです。
いま、私は、将来を心配していた親や周りの大人たちの想像を超える人生を、偶然にも手に入れることができました。私にとって、考えもできなかった、過分な人生です。
そうなった現在でも、私の心の中には、あの頃と同じように「切り札」があります。
さすがに東南アジアのスラムに逃げる必要はなさそうですが、、、
こう考えています。
「大丈夫。心配すんな。
もし、最悪のことになっても、、、
最初に戻るだけや」
最初、私は何も持っていなかった。
そこに戻るだけ。
なんちゃない。
実際に口にも出して、自分自身に言い聞かせています。
・・・
何かにチャレンジしようと思って、躊躇している人がいたとしたら、こう伝えてあげたい。
大丈夫だよ。
何も怖くはない、最初に戻るだけじゃん。
どうしてもダメだったら、、、
マニラのスラムでも行けばいいよ。
チャレンジ、怖がらずに、やっていこうね。
・・・
写真は、タイのカオサンロード。
こんなとこ行ったから、こういう記事を書く気になっちゃった。
ザ・ビーチという映画で、デカプリオさんが泊まっていた安ホテルの場所。バックパッカーの聖地だよ。25年以上前、ムエタイのトレーニングで初めて行った頃は、ひどい所だったような記憶がある。今は、観光客でいっぱい。そんなに怖いところではないよ。薬の販売者と使用者が多いくらいかな。
ここはパッタイという焼きそばの屋台が多いんだよ。空が綺麗だね。
ところでさ、やっぱりさ、うーん、あえてタイ語で言うと、チャムームアンガッティアム。(鼻がニンニクに似ている)
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