2019年6月8日土曜日

人口減の問題

日本の人口が、40万人減った、という記事を見た。自然減。戦争があったわけでも、震災があったわけでもない。

平均出生率は1.43だって。

ホント、この国、終わっちゃうよね。


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私の思う、日本にとっての最優先課題は、国防と、そしてこの人口減だよ。


ほぼほぼ、もうすでに間に合わないところまで来てる気がする。


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政治家が「子供三人産めよ」というと「子供ができない人がかわいそう」なんてマスコミが騒ぐ。


こいつら、国を潰したいんだな、と思いながら見てるよ。


事実だろーがよ。


子供ができない人のためにも、三人産まなきゃいけないよ。


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ぶっちゃけ、こういうことを言うとひんしゅく買うけど、出生率を上げるためには、既婚、未婚に関わらず、出産を奨励すべきだと思う。


いくつか、案はある。


まず、夫婦別姓。私は是認派。


夫婦別姓になれば、シングルマザーによる苗字の差別は少なくなる。


そして、シングルマザーに、出産奨励金を出すべきだ。(ひろゆきさんも言ってた)


もちろん、既婚者にも、出す。


日本人を産んでくれたこと自体が、国の英雄なんだから。


・・・


子供一人当たり一千万とか出せばいい。三人目からはさらに増やす。言わば、歩合だよ。


出産手当金目当てで産んだらどうする?いいじゃんそれでも。メリットあるよ。増えるんだもん。


ちゃんと育てられなければ?国で育てたらいいんだよ。


孤児院で、むしろ英才教育して、「あの子は孤児院出てるから優秀なんだ」みたいな風潮になればいい。


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財源は?医療費だよ。


これから高齢になる本人として言う。自分も関わることだから許されるだろう。


延命治療をやめる。意識がない人間を生かしても仕方がない。また、安楽死も認める。


これだけでかなりの削減を狙える。


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そして、高齢者の保険料負担を増やす。実際のところ、することのない老人には、病院はサロン化してる。


「今日は◯さん来ないのう。病気でもしたの?」


という言葉を、待合室で聞いたことがあるよ。


莫大な薬代がかかる病院サロンではなく、代わりにそれこそ地域にサロンを作り、そこで遊んでもらおうよ。


もちろん、キチンとした病気には対応すべきだよ。


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この国の予算の半分を食いつぶす医療費に文字通りメスを入れれば、簡単に財源なんて出る。


家庭で給料の半分を病院代に使ってみ?苦しいに決まってんじゃん。


GDPのせめて三割まで削減を狙う。それでも生活費に照らしたら家賃レベルだよ。


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勝手なこと言いやがって、と思われるだろうけど、こうでもしなきゃ、この国、潰れちゃうんだもん。背に腹変えられないってさ。


真の緊急事態であることを、みんなもっと理解すべきだよ。


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シングルマザー?私生児?差別されたりもしたでしょう。嫌な思いもしたでしょう。そのお母さん達に、言いたい。


本当にありがとう。


苦労をかえりみず、この国のために産んでくれたんだ。それに感謝するのが当たり前だよ。


育てるのも、世間の目も。大変な苦労だよ。自分の人生を引き換えにして育ててきたんだ。


その功労者、国の英雄を、賞賛こそすれ、差別するなんて、そちらがむしろ犯罪だと思う。


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子供が二人以上増えた家庭は、または産んだ人は、税金などを安くしても良いと思う。


国にとっての、真の財産は、国民なんだからさ。


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また、寄付も奨励する。


この国は寄付のできない国。どれだけ寄付しても、あまり控除されない。だから、誰も寄付しない。


それが、ふるさと納税制度のように「自分が得する」なら、こぞって行う。見苦しいが、事実。


だから、人口増に寄与する先は所得の控除の対象にする。


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高額納税者も、本来いろんな寄付をしたい。でも、寄付しても、その分さらに取られる。


控除の対象になるのは、ほぼ意味のない官公庁。無駄遣いされて終わり。だからやんない。


もし、「人口増」に関わることにする寄付を、所得控除の対象にしたら、山ほど集まる。


みんな、本当は「意味のあること」に使いたいのだから。


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とにかく、一番大切なポイントは「子供を産んで育ててくれた人への感謝」だよ。


シングルマザーがどれだけ大変か?子供たくさんの家庭がどれだけ大変か?子供を産むことに、金銭的問題から断念する人がいかに多いか?


これを社会が認めて、感謝の対象にすることだよ。繰り返すけど、国の英雄なんだから。


子供が増えたら、日本人全員が、その恩恵を受けるんだもん。


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これは、投資なんだ。


国民全員が、この国の未来のために「投資」するんだよ。


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本来なら、このことをマスコミがリードして、国民の意識を変えていかなくちゃならない。


そうすれば、この国は変わるかもしれない。


でも、これも無理だろう。


マスコミはまるで国を弱体化させることが目的のように、ちょっとした言葉の揚げ足取りに躍起になり、国民はそのマスコミを後押しする。 


結局、ツケは自分たちに返ってくるにもかかわらず。


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残念でならない。


「もし人口が八千人を切るなら、この国はもうダメだ、諦めて他の国へ行け」と若い子らに伝えなきゃなんない時がくるよ。


その言葉が若い子らへの遺言にならないことを願うよ。


・・・


人口減。


この問題について、実はもっとキワドい解決案もないではないけど、マジひんしゅくモノなので、やめときます。


あ、もちろん重婚とかじゃないよ。


なんか最近文句ばっかり言ってる気がするね。お粗末さま。


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写真には大した意味はないよ。中洲で遊んでるだけだよ。


ウチの、若い子らに、上で書いた遺言を伝えなくて済むよう願いたい。

2019年6月6日木曜日

日本の教育

時間があるのでホテルでネット見てた。嫌な事件が多い。川崎で、引きこもりのカスが尊い命を道連れにしやがった。

「一人で死ねや!」という意見に、「そんなこと言ったらまた増える」とかいう馬鹿も出た。

アホウ、一人で死ねや。


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まして、「人殺しなど不良品」扱いした松っちゃんに「人間に不良品はない」とか言う馬鹿もいる。


ホンマにアホらしい。


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そんなもん、人の命、しかも何も悪いことしてない、全く関係ない第三者を殺すやつなんぞ、間違いなく不良品でカスで、生きている価値も何もねーよ。


死んで当たり前のカス、しかもチソカス以下やわ。


なんでそんな奴を庇ったりする必要があるんや?知識人とか言うカス連中が甘やかすからダメなんじゃねーのか?と思う。


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かてて加えて、今度は「息子が同じこと(子供に手をかけたり)しそう」という理由で引きこもり息子を殺した親の話があった。


「殺しても解決にはならん云々〜」


なんの痛みもない周りが理想論、机上の空論をいろいろ言う。


でもな、子供を殺さざるを得ない親の気持ちわかんねーだろうよ。


自分も死ぬつもりでやってるよ。


たぶん「俺も川崎みたいに子供達を殺して〜」くらいのことはかなり真剣に言ったんだろうよ。


じゃなきゃ、自分の子供なんて殺せねえよ。


どんな気持ちで殺めたと思う?


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引きこもりが社会からはじき出されるから、あまりおおっぴらに騒ぐな、と言う意見もある。


引きこもり?カンケーねーよ。


大量殺人犯と、その事件を模倣しようとした、殺人予告者(仮定の話だけど)なんだよ。


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本人は悪くない、社会が悪いとか、意味のない意見も聞く。


アホウ、一体何人の人間が「人を殺さず」生きてるってんだよ。


社会が悪けりゃ、みんなで殺し合いになってるよ。


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とまあ、なんか腹立ち紛れにあれこれ愚痴ってしまった。


知識人とかいうバカ、マイノリティの意見をいかにも多数意見のように持ち出す連中にすごく嫌気がさすよね。


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解決策なんて、ほぼ一つしかないよ。解決にならんかも知らんけど、少しはマシになる。国民の道徳教育だよ。


日本には宗教がない。


なので、生きていく規範というものが存在しない。


昔は、先生や親がスパルタで「人の道」を説いた。寺子屋の頃は生き方自体を問うた。


今は、先生も親も、「何が正しいのか」わからない。教育自体、されてないから。


戦後の日本弱体化作戦が功を奏してるだけだよね。


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今回みたいなキチガイは、どんな時代でもある程度存在した。しかし、その予備軍が、今はとても多い気がする。


「人としてどうあるべきか」を学校や家で教えなければならない。


もし、武士道を日本人の生き方の規範として学校で教えるなら、2〜30年でこの国は変わるだろう。(国の教育、モラルは、変わるのに30年かかる)


日教組があるかぎりダメだろうな。


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言い返してみれば、日本の社会に原因があるというより、道徳教育の存在しない、日本の教育自体がこの事件を生んだと言っていい。 


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余談だけど、ネットで読んだ。


親に殺された引きこもり息子は、ゲーム内でこう投稿していたらしい。


「何が産んでくれた?勝手に親の都合で産んだんだから死ぬ最期の1秒まで子供に責任を持てと言いたいんだ私は」


お前の望み通り、オヤジはちゃんと責任持った、ということか。


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なんとも悲しい事件。


これをきっかけに、変わらなければいけないのは、日本の「教育」に他ならない。無理だろうけどね。


今日は言いっ放しだよー。博多の友人と飲んでくるよー

2019年6月3日月曜日

ジュクの帝王

孤独死の話で思い出したんだけど、加納貢という人がいた。

アウトローの話なので、嫌いな人は読まないでね。

戦後の新宿で「ジュクの帝王」と呼ばれた人。


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戦後の闇市、無法地帯の中、盗みを働く連中、ヤクザや愚連隊、不良米兵にいじめられいる人など、弱い人が困っていると、どこからともなく現れ、助ける。


しかも、ほとんどワンパンチ。無類の喧嘩強さを誇った。ステゴロ最強と名高い。


噂レベルだけど、ボクシングの元チャンピオン(外人なのかなあ)を一発でノシたとか、枚挙にいとまがない。


戦後の混乱時の中、市民の安全を守った。


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カテゴリーとしては巷でいう、愚連隊に他ならないのだが、


ここで特筆すべきは、「加納のミッちゃん」と市民から愛されたこの人は、生涯、一度も、、、


暴力を金に変えたことがない、と言われてる。


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実家が今の初台あたりの大地主で、裕福だったこともあるが、誰かを助けたからといって、一度もお金をせびったことはなかった。 


また、自分を慕う若い衆にも「霞を食って生きろ」と言っていたという。


言わば、彼の暴力は、、、
「正義の暴力」と言っていい。


・・・


そして、時が経ち、日本は平和になった。


戦後の混乱は遠く過ぎ去り、市民のボディガードも必要ない時代になった。


食べるためにヤクザになる愚連隊が多い中、加納のミッちゃんは、自らの資産を食いつぶしながら、己の理想を守り続けた。


・・・


2004年。


誰からも愛された「ジュクの帝王」は、定宿にしていた新宿のある高級ホテルで、ひとり、息を引き取った。


まるで眠っているようだったらしい。


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孤独死。


これ、孤独かな?みじめかな?


いや、、、
俺は、カッコいいと思う。


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写真は加納のミッちゃんご本人若い頃。色白で甘いマスク。画像は拾い物なので、まずければ教えてね。的場浩司さん主演の映画「ジュクのツラ」もあるよ。

2019年6月1日土曜日

孤独死

老人ホームで孤独死だってさ。なんの事かよくわからないんだけど、最近、孤独死の話をよく聞く。そこで、前回の記事のBさんから伺ったお話を、少しシェアするね。

「孤独死なんて、無いよ」

ってお話。


・・・


主題からは余談になるけど、Bさんはこうおっしゃる。


「日本は、安楽死を認めるべきだ」


私も心より賛同させていただきます。


・・・


私も、自分の死は自分で選びたい。それが生き物としての最後の権利。


死ぬのは誰でも怖いさ。


しかし、最も怖いのは、死ぬことじゃない。


自死。そのことを選べない自分になること。自分が自分で無くなること。


その方が死ぬよりずっとつらい。


・・・


だから、私は、アルツハイマー等になって自分がわからなくなるくらいなら、安楽死を選びたい。苦しいの嫌だしね。


しかし、今の日本では、それは叶わない。


だから、私は身内に強く言明する。


「俺がアルツ等になって、自分がわからない人間になったら、社員、身内に関わらず、必ず誰にも見に来させるな。施設で死なせろ」


そして、、、

死んでから見に来い、と。


・・・


秘書のフナにも、しっかりと頼んである。


実行されるかは知らん。何にしても、自分はタタミの上で死んではならない人間だと思ってる。


アルツ後の面倒など、見て欲しくもない。


・・・


Bさんも、安楽死を望む方。


で、さらにBさんは、


「ヒロタくん、この問題がどこにあるか、わかりますか?


安楽死が良いか悪いかではないよ。この国は、その議論自体がなされないようになってる。


それが問題なんだ」


・・・


なるほど、仰る通りだな、と。最近流行りの大麻事件なんかも同じだよね。


大麻なんてガン細胞を減らすらしいもんね。でも、大麻と口にしただけで薬物中毒扱い。


自分の命を守るために、自宅栽培してた人が捕まった。彼は生存の権利を訴えた。多分裁判は勝っただろう。


法曹界では「国が負ける、生存の権利の方がずっと強い。大麻取締法は変わるぞ」と色めきたった。


しかし、その本人が公判中に死んだ。その後、話は消えてしまった。


そして、良いか悪いか?自体は今も論じられてない。


・・・


主題に戻そう。


「孤独死」。


孤独死は嫌だねえ。なんか、寂しい響きだね。みじめだね。怖いねえ。そんな感じをかもし出す言葉だねえ。


さて、そこで冒頭の言葉に戻るよ。


「孤独死なんて、存在しないよ」


とBさんは語る。


「死ぬときなんて、誰でも一人なんだから」


・・・


ああ、そうか。


孤独死なんて、恐れる必要なんてない。


誰でも死ぬときゃひとりなんだから。


そしてもし、それを避けようと思うなら集団自殺しなきゃなんない。それでも、同じ時間に息をひきとるわけじゃない。また、そうだったとしても、なんの意味もない。


孤独死なんて、むしろ当たり前の話。孤独以外に、一体どんな死に方がある?


・・・


孤独死を、死後の放置された遺体の、処理の問題とするのなら、心臓に発信機でもつけて、止まったら誰かに連絡が行くようにすればいい。


そんなビジネスもそのうち生まれるかもね。


・・・


Bさんが言われたいことは、、、


いかにも恐ろしい「孤独死」という言葉は、


煽るためにマスコミに作られただけのハッタリの言葉であって、


そういう問題があるのなら、真っ向から皆が考え、議論し、本質を追求すべきであり、


マスコミやいろんな「我々を操作しようとする」ものに踊らされちゃいけないよ、ってことなんだ。 


・・・


本質を見るのは難しいことじゃない。


簡単だよ。


自分たちの頭で考えればいい。


そして、タブー化せずに、議論する。それだけなんだよ、と。


・・・


死ぬときは、みな孤独。


取り立てて騒ぐことですらない。そして、その人生を、寂しいとか、かわいそうと他人から言われる必要もない。


ここで、前回の記事の「ジャッジメント」のテーマに戻る。


それ、決めるのは、、、

自分だけなのだから。


・・・


もう一度言うね。


幸せかどうか?人生の勝ち負けがどうか?孤独死が辛いものかどうか?全て、


ジャッジするのは自分自身。


他人がどう思うか?世間の常識がどうか?は、判定に影響しないんだ。


・・・


写真は、新美術館のベンチだよ。気持ちよかったからゴロリと寝てたら、係りのおねいたま(私より年上)に叱られたよ。


孤独死してると思われたのか?それとも浮浪者と間違われたからか?それは知らないよ!おねいたま、怖かったよ!



2019年5月30日木曜日

スタンド、アンド、ファイト

イエス高須先生がかなり大きな手術を連日に渡り行われる。ガンは、かなり進行しているのかもしれない。

高須先生にもしもの事があったら、この日本はどうなるんだろう、と暗澹たる気持ちになる。


どうか、よくなっていただきたい。


・・・


こんな、命の瀬戸際になっても、高須先生は「チャレンジできるから幸せ」と話す。


こけおどしじゃない。


だって、本当に手術室から生きて出られない可能性も否定できないのだから。


・・・


人の人生は一編の詩になる、と言われてる。その最終章に至っても、高須先生は笑みを絶やさない。


大変な事だよね。


・・・


私たちはカラテバカ一代の世代で、漫画に影響されて格闘技を始めた人間が多い。


その主人公であった大山倍達氏も、賛否両論あるが、最後はとても綺麗だった。


肺ガンが見つかった時、手術を進める周りの人間にこう言った。


「私は武人として生きてきた。体にメスを入れてまで、助かろうとは思わない」


言葉通り、そのまま死を選んだ。


・・・


人の最後って、どうだろう。


よく、最後に笑えば勝ち、みたいなことを言う人も多い。


逆もある。最後寂しく死んでも、それまで好き勝手やってたじゃんとかね。


どちらもよかろう。


・・・


私のお世話になっている超お金持ち(少なくとも私の二桁上くらい)の方がいる。


ほとんど表には出られない方なので、お名前は出せない。ここではBさんとしよう。


そのBさんが先日、お誕生日をお迎えになった。


その席上で、こう切り出された。


“自分はずっと人生でチャレンジを続けてきた。君たちにも、ぜひチャレンジをし続けて欲しい。


人生の勝ち負けなんて、考えちゃいけない。考える必要すらないんだ。なぜなら、君らの人生の勝ち負けは、、、


あ、ヒロタ君はボクサーだったからわかるよね”


と前置きをつけてくれた。
その瞬間に私は答えがわかった。


・・・


Bさんは続けた。


“心配することなんてないよ、なぜなら、、、


勝ち負けを決めるレフェリーも、判定をするジャッジも、全て君たち自身が務めるのだから”


と。流石の一言だった。


・・・


高須先生は命を失うかもしれない環境の中でも、「新たなことにチャレンジ」と、闘志と希望を燃やしてる。


私たちはまだ若く、時間を持ってる。


もっとチャレンジしよう。やりたいことをとことんやって、この命を燃やそう。


・・・


最後の時、自分の人生の勝ち負けを決めるジャッジメントは自分であり、その勝ち負けの判定は、、、


自分だけの中にある。


良し悪し、勝ち負けを心配する必要なんてない。


なぜなら、勝利はすでに、私たちの中にあるのだから。


・・・


まあ一応、今日はジャッジメントということで、ボクサー時代の写真だよ。


30年以上も前の、無名の若者の、人生の分岐点。出陣の前だ。


リングで戦うボクサーには、一つの言葉しかない。


スタンド、アンド、ファイト。
立て。そして、戦え。