2012年8月18日土曜日

車好きの人へ

はやいよ。
いい天気です。
たまの休みは車でお出かっけ〜

って、、、

毎日休みやし。



まあ、今日は車ネタで。





あたしゃあ車が好きです。
たくさんあります。
また、長く乗りません。
早ければ3ヶ月で売り買いします。
(今までの一番早い記録は購入一ヶ月)


・・・


わたしの年代はマンガ「サーキットの狼」世代なので、
車が好きな人多いんだよね。
神田先生も車好き。

さて、フェラーリとか、こういう車乗ってると

・ぜいたく
・無駄遣い
・もったいない

などと思われる事が多いです。

でも、、、

少々カラクリがあります。


・・・


こういう車は、

・節税額が多い
・値落ちが少ない

というメリットがあります。

たしかに、保険とか高いから、
決して儲かるものではないかもしれないけど、
意外とお金をセーブするのにいいのです。

例えば・・・

フェラーリのF430スパイダーという車がありました。
これの白ボディ、赤幌、赤シートを買ったと仮定しましょう。

これだと・・・

新車購入価格(乗り出し)で2500万円くらい。
すぐにプレミアついて、中古市場が3000万円を超えた。

これなら単純に儲かる訳です。

まして、あれから数年経っていますが、
現在でも中古市場では15〜600万円で推移しています。

もし、この車を4年落ちで1600万円で買ったとします。
すると、税金的には一年でほぼ償却できます。

ざくっとした話だけど、
儲かっている会社なら800万円で買ったのと同じ。

(ちゃんと必要じゃなきゃダメだよ。
 仕事に使った証明があるといい)

で、2年後に1300万円で売ったら、、、
逆に利益になる訳です。(とうぜん税金はかかるよ)


なので、、、利益の「先送り」にもできる訳です。

不人気な日本車の新車を買って、3年で売るよりも、
ずっとお金を残す事は出来るのです。


・・・


ちなみに、私は中古車販売の業務も持ってます。
所有会社が多いのでいろいろ使えて便利です。
(会社同士の売り買いに使えるよ)

あと、古物持っていると
売り買いに取得税がかかりません。


ということで、意外と無駄はないんだよーって話。

まあ詳しく話せばもっといろいろあるんだけど、
中古車市場の推移を知ってれば、
安く買って高く売る事も不可能ではありません。

実際、私は何台か安く買って高く売り、
利益を出している事も多いです。


・・・


まあ、ざばっというと、
ポルシェの911の600〜800万円台は
値落ちが少ないし、
ベンツのゲレンデは値落ち少ないね。
両方4シーターなので仕事で使ってもおかしくないし。

狙い目です。

車好きの人、今儲かっている人もこれから儲ける人も、
中古市場を頭に入れるといいよ!

車好きの人、ぜひいい車のって、社会にお金を回そうね!

でわー







2012年8月15日水曜日

お盆に連投


里帰り中です。で、写真を撮りました。
私の故郷には、有名な橋があります。映画にもなったそうです。
場所は、アイオワ州マディソン郡というところです。


ここに来ると、素敵な出会いがあるそうです。

ただし、、、


・お相手は人妻限定

・4日間のみの恋

・最終的にはフラれる

・日記を読まれる


そうです。

全部うそです。


マディソン郡の橋だよ!


お盆なのでそのまま連投したれ。どうせ誰も気にしてないだろう。

私の故郷、アルル地方には、有名な橋があります。
世界的な絵画にもなっています。

ゴホゴホいう、なんか肺病のような

名前の人が描いたそうです。


ほんらい跳ね橋ですが、
いまは跳ねていないので通ってみました。


・・・


この場所で、ミスターXと共に
七星さんの顔に油性マジックで
ヒゲを書いたのは素敵な思い出です。

当初、モデルはホセ・メンドーサのつもりでしたが、
最終的には映画「ソウ」の
悪役の仮面みたいになってしまいました。

ほがらかだった空気は一瞬で冷たくなりました。


・・・


平先生と一緒に、橋の絵も描きました。


実は、元漫画家の先生より、
私の方がうまかったのではないかと自負していますが、
絵は川に流されましたので残っていません。

ちり紙のようにふわふわ流れていく力作を見ながら、
単純にゴミを投棄してしまった事に気がつきました。


・・・


これまた余談ですが、友人の安倍さんは、
私の地元の地名にちなんで、
アルルホームズという社名をつけました。


私は300社が集まるセミナーの中で、
紹介時に

「ア〇ルホームズ」

と、
考えるうる限り最低に下品な表現を試みたのですが、

参加者さんたちからスルーされました。


突っ込んでくれたら楽なのに。


もう少しで大切な友人を
なくしてしまうところでした。


・・・


ああ今日もまた嘘ついてしまった・・・
(出来事じたいはホントです)


人生というものは、歩んでいくうちに知らず知らず
業を背負ってしまうものですね。

あな恐ろしや・・・



では先生とスタバで打ち合わせいってきまあす(^^)v
お盆の方が仕事してたりして。




アルルの跳ね橋だよ!


2012年8月11日土曜日

原点回帰

原点回帰。初心に帰ること。
それを人間は忘れるべきではありません。

・・・

暑い。今の日本は本当に暑い。

そんな暑いさなか、車でヒルズを出て、
テレビ朝日の交差点に止まりました。
横を見ると、トビの作業員が、横断歩道を渡ろうとします。

20代前半だろうか。
真っ黒に日焼けした太い腕に、茶髪のちょっとヤンチャそうな二人。
こっちを見ています。

「あ、フェラーリだ」
「599だぜ」

声が聞こえてきます。
若い子はやはり車が好きなのね。

「いいな、けど高えし」
「俺たちには一生無理だね」

・・・

わたしは心の中で答えました。

いや、そんなことないよ。
オレも元トビだよ。
お前らの年頃、現場で汗かいてたよ。

まったく、、、

同じことしてたよ。


あきらめるな。
望めば、いつか叶う時が来ることもある。

それは、、、

お前ら次第なんだよ。


・・・


本当に暑い。
異常な程の日差し。
この暑い中、現場で働く人間は大変です。

そういえば、今程じゃなくても、昔も暑かったな。
何人か現場で倒れたヤツもいたな。

あのころは何もなかったなあ。
失うものがなかった。

今は、何でも持っている。
名誉も地位も、お金も何より素晴らしい仲間がいる。
昔欲しかったものは、全てそろっている。
もし明日、オレがいきなり死んでも、
素晴らしい人生だったと心から言える。

でも、オレはオレ。
昔と今と、何も変わってない。


・・・


しかし、すこぎ疑問がわきました。

本当だろうか?
本当に、オレは昔のままなのか?

あのころ、あいつら若い衆みたいに
身体でメシ食ってた頃と、
何も変わらないのか?

ひょっとしたら、、、

わたしの知らないどこかで、
何かが変わってしまったのではないか?

そう考えてしまったのです。


・・・


初心忘れるべからず。

わたしは、もう一度、現場に戻ってみようか?と考えました。

あの頃のように、作業服が汗で真っ黒に濡れ、
何度しぼっても汗が滴り落ちるくらい、
それだけ動けばダイエットなんて必要ないだろう。

自分より年下の職人に、
「オイ!ヒロやん!タラタラしてたらアカンで!」
となじられながら。

それも楽しそうだ。

もし、それが出来たら、
また一つ、何かが変わるかもしれない。

一つの、コヤシになるかもしれない。

作業服を買いに行こう。
もう一度、あの場所で、汗をかいてみよう。


現場復帰。
いや、原点回帰か。


これは面白い。
オレくらいしか、そんなことを実際にやる人間はいないだろう、
そう思って、次の待ち合わせ場所に向かいました。


・・・


打ち合わせが終わり、外へ出ると、
またまた刺すような日差しが
容赦なく頭上に降り掛かってきます。

暑い。

本当に暑い。

今の日本は、、、
本当に暑い。


暑すぎる。


こんな中で、枯れたオッサンが仕事したら、
死んでまうがな。

やっぱ、やーめた。





涼しい部屋に戻って
冷たーいパピコでも食ーべようっと。




東北視察にいったときの写真だよ!



2012年8月1日水曜日

25年前のルンピニーにて



大きな興行があって、ムエタイを見に、
ルンピニー(タイで1、2にメインのスタジアム)というスタジアムへ来ました。
昔、私が初めて海外旅行したのも、このタイ。


25年前の、、、ちょうど今と全く同じ時期です。


ムエタイのジムに行きたくて、
同じジムのK先輩と一緒に、
一生懸命お金を貯めての初海外でした。


あの頃、夏で雨期ということもあり、
雨が降るとルンピニースタジアムの前のラマ4世通りは、
雨水でまるで川のようになったものです。


日本人も、ほとんど見ませんでした。

今のように高層ビルが建ち並ぶバンコクとは違って、
もっと田舎チックな、バンコク市内を牛が歩いている、
そんな風情でした。


タイに行く日本人も、コレラの予防接種を受けることが
義務付けられていたと記憶しています。


私とK先輩は、ムエタイのジムに通い、
そしてこのルンピニースタジアムで、
当時「ムエタイの至宝」であった、
サーマート・パヤカルンと一緒に試合を観戦しました。


私は、憧れの選手だったサーマートの隣に座り、

「今、この時点が人生で最も楽しい時期なのだろう。
これから行きていく中で、本当に今、この瞬間こそ」

と心から思いました。


あれから、25年が経ちました。

ちょうど、25年後の今日、私はあの時と同じ、
ルンピニーのリングサイドの場所に座っています。


・・・


あの頃、、、

25年前と比べ、タイは驚く程の発展をしました。


タイの首都バンコクは、
日本の人たちのイメージとは違い、かなりの都会です。

超高層ビルが建ち並び、その屋上には
東京でも見れないような天空レストランがあります。


その都会度は、大阪がかろうじて勝てるかな?って感じ。
名古屋や他の都市は、バンコクと比べたら、確実に「田舎」です。


バンコク市内を闊歩していた牛は田舎に追いやられ、
冷房の効いたタクシーが走り回り、
車もみなピカピカの新車に変わりました。


昔、お金のなかった私たちにとっての移動の主力、
トゥクトゥクは、今では観光目的の
「珍しいが故に高い乗り物」にかわっています。


地下鉄に高架鉄道。
どこを歩いても、日本語の看板、そして日本人の声。

タイは変わりました。


・・・


K先輩は、そのままジムに居残り、タイに住んで、
キックを引退した後、タイで仕事を始め、
日本企業の進出を数多く助けました。

「タイでやりたきゃKに聞け」

と呼ばれた程の有名人でした。

タイで18年間、そのような業務をした後、大金を蓄財し、
今は資本家として日本に戻っています。


私は、k先輩とは離れ、日本に帰りました。


そして、キックを引退した後、現場の職人になりました。
これまた、20年以上前のことです。


・・・


あの頃、
「K先輩がうらやましい、一緒にそのままタイに残りたい」
心からそう思いました。

でも、かないませんでした。


今、あのときタイに行っていたら、なんて後悔はしていません。

もしそうしていたら、私は身体がぼろぼろになるまで
リングに上がり、今頃、それこそ職人の親方でもやっていたでしょう。

今のような人生は送れていなかったでしょう。

私は間違っていなかった。
たしかに、そうは思っています。


K先輩の親御さんも、私と会うと、

「ヒロタさんはいいときにやめたよね」

と、いつも言ってくれます。


・・・


「リングは、上がるよりも降りる方が難しい」
とよく言われているようです。


上がることもそれなりの努力がいるが、
引き際を見極めることの方が難しい、という意味だそうです。

私も、大した経歴ではないけれど、
やめてから、よく夢を見ました。


「試合が決まったぞ」とジムの会長が私に伝えます。


私は夢の中で「練習してないよ、どうしよう」とか、
「なんとか動けるかな」とか、
「1ラウンド持たないんじゃないか」
とか、いろんな焦りや、
ドキドキ感が高まっていきます。


試合開始のゴングとともに目が覚める夢。
ネタではなく、本当に見るのです。


あれから20年以上がたった今でも、ごく、たまに見ます。

「やりきってない感」が自分の中に残っているのかもしれません。
私の中に、消化しきれていない、置き忘れたものがあるのかもしれません。


年々、回数は減っていきます。
昔は頻繁に見ました。

20年以上経った今は年に一回見るか見ないかだけど・・・

その夢の感覚、臨場感は
決して色あせることがありません。


ジムの会長が私のところに来ます。

会長も、昔の年齢のままです。
20年以上、年を取っていないようです。

そして、言います。

「おい、ヒロタ、試合決まったぞ」


・・・


今、私はルンピニーのリングサイドに座り、
いろんなことを考えます。


25年前のあの日、、、

私の右隣に座っていたのはサーマート。左隣にはK先輩。
今日、あのときと同じシートの右横には知らない白人が、
左にはタイ国軍関係の友人が座っています。


私は、左隣の友人に聞きました。

「ねえ、ルンピニーって、陸軍関係だよね?経営は軍がしてるの?」
「違うよ。OOだよ」


「へえ、違うんだ、それって、権利を買うことできるの?」
「たぶん出来るよ。複数のOOが持ってるけど、欲しいの?」


「いや、別の欲しいとかでなくって、
買うとしたら、いくらくらいなのかなあ」
「たぶん××くらいだよ」


なんだ、そんなので買えるのか?
それが本当ならば、今、私がその気になれば、
スタジアムの全ての権利をいとも容易く買えてしまいます。


「うん、たぶんヒロタなら買えると思うよ」
「そっか、でもビジネスとして魅力ないからなあ、
OOと関わりたくないし。いらないや」


あの頃、サーマートの横で、目をキラキラ輝かせ、
今こそが一番幸せだと信じて疑わなかった青年。
キックに、ムエタイに、無上の情熱を持っていた青年。

それがいまでは、ビジネスを通してしか、
物事を考えられなくなっています。

最も変わってしまったのは、ひょっとしたら私なのでしょうか。


・・・


ルンピニーの前のラマ4世通り。

今日も少し雨が降っています。


あの頃、大雨が降ると水没しかかっていたバンコクの大動脈は、
水はけも改善され、完水するようなことはなくなりました。


見上げると超高層ビル群のネオンがキラキラ輝いています。


バンコクは変わったけど、ルンピニーは昔のまま、25年前のままです。

むせるような熱気、タイオイルとワセリンと腐った汗の匂い。
100メートル先の駐車場まで聞こえてくる、
耳をつんざくその歓声も、昔のまま。

25年前と同じ、聖地、ルンピニーです。


K先輩は日本に帰り、私はあの頃の思いを果たすかのように、
毎月渡タイして、ジムに通い、身体を鍛えています。


置き忘れたもの。

それを拾い集めるために、人生はあるのかもしれませんね。