2013年12月11日水曜日

親愛なる大切な友人、田口さんへ

12月6日の朝に、君の片腕であるスタッフから電話をもらいました。仕事の話かな、と電話に出たら、彼は電話口で泣きじゃくって、嗚咽で言葉が聞き取れませんでした。


私は、「まさか、君が」と、、、
そして初めて君の訃報を知りました。


その二日前に、茅ヶ崎にある君の事務所で、片腕の彼と「社長が戻って来るまでなんとか頑張ろうな」と話をしていた矢先でした。


私はショックで言葉が出ず、電話口で「そうか、そうか」と繰り返すことしかできませんでした。


大きな体と、そして一声で君とわかる大きな声。


君と電話で話すときはいつも受話器を耳から離してたよ。スピーカーホンいらないね、といつも君をからかってた。そんな生命力の固まりみたいな君が、今こうしているのが私にはとても信じられません。元気だったじゃないか、ほんとは手術なんてしなくて良かったんじゃないのか?何でこうなっちゃったんだろう?そう思えて仕方がないのです。


8年前の10月に、君と初めて出会った日を覚えています。あの頃の君はまだ勤め人で、店内になぜか犬がたくさんいる店にいましたね。その日ではないけど、ウドちゃんもいたし、笑福亭笑瓶さんは君に「ホンマ君の声にはビビったわ」って言ってたね。


あれから、ずっと世話になっています。君はできることはできる、できないことはできない、とはっきり言える人で、その「見立て」が見事だった。私が無理を言っても「会長、2、3日ください、なんとかします」と必ず期待に答えてくれる人だった。


私はとても信頼していましたよ。一度も、期待を裏切られたことがない。約束を破られたこともない。


君が約束を守らなかったのは今回が初めてです。


「会長、必ず良くなって帰って来ますから」と約束してくれたよね。私は、今は入院していても、今は具合が悪くても、君が言うのだから、必ず戻ってきてくれるのだろう、と安心していたのです


君の留守電が今も残っています。今年の2月7日。「会長、今免許の書き換えで来てまして、またご連絡入れます。お願いしまーす」と。何度も聞き直しています。このときも、ちゃんと連絡くれたよ。この留守電を聞いていると、今にも君からまた電話がかかってくるような気になって仕方がないです。


絶対に負けない、必ず良くなる、そう言ってたのに、と思うとともに、「でも、本当によく頑張ったんだろうな、悔しかったろうな、残念だったろうな」と思います。


悔しい気持ちでいっぱいですが、ご苦労様だったね、よくがんばったね、とお伝えしてあげなければいけないでしょう。


奥さん子供さんを残し、志半ばで旅立つのは、君にとって、とても心残りなことだと思います。残された者たちと共に、私も微力ながら、できる限りのことをさせてもらいますので、どうか安心して安らかに眠ってくださいね。


君の奥さんから、君が病室で最後まで私のブログを見てくれていたことを聞きました。

君のiPhoneから出てきた履歴は、ずらずらずらっと私のブログばかりだったと。そして、病室のベッドで見ていた最後の履歴も、私のブログだったと聞きました。

ありがとう。君がベッドでiPhoneを持ってブログを読んでくれている姿を想像すると、どうにも涙が止まりません。

なので、向こうでもまた見てもらえるように、ブログとFBに弔辞を書いておくね。葬儀で話したのと、少しだけ変えたよ。なので、また読んでくださいね。

君の奥さんは「この人は本当に会長のファンで、大好きだったんです」と言ってくれました。私も君と過ごす時間が大好きでした。

君がいなくなってしまった今、君の大切さを自分でも改めて気づいています。

もっと君と話したかった。もっと君と一緒に時間を共にしたかった。もっと一緒に遊びたかった。「会長、伊勢佐木にいい店があるんで、そこで飲みましょう」と君は言ってくれてましたね。本当に楽しみにしてたんだよ。

今はかなわないけれど、、、

私もいずれそちらに行きます。そのときも話につきあってください。向こうでも友達になってくださいね。そして、またあのガラガラの大きな声で、「会長!」と呼んでください。そのときまで、ちょっと待っててね。


この世界に君がいてくれたことに心から感謝いたします。本当にありがとう。安らかに眠ってください。


親愛なる大切な友人、田口さんへ。


平成25年12月9日   
廣田 康之

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