2016年3月2日水曜日

認知症 JR 管理責任



あまりに続きすぎたのでちょっと不動産から離れるね。で、ニュース見たら、認知症のJR事故の裁判(家族に管理責任があるか)、最高裁で逆転しましたね。
 
 
よかったなあ、とホント、胸を撫で下ろす気持ちになったよ。
 
 
認知症の配偶者を世話する奥さんも80歳以上の高齢。どうやって管理しろというのか?何の責任を取れというのか?冗談じゃねえよ、って思っていました。なので、この最高裁の判断に、拍手を送りたい気持ちです。
 
 
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かくいう私の父も、認知症でした。アルツハイマー。58歳で発症し、12年闘病しました。
 
 
ウチのオヤジは会社をやっていたのですが、倒産しました。ちなみに、当時、よく「父さん倒産してさー」というジョークを使ってたのですが、ありきたりすぎたのか、誰も笑ってはくれませんでした。
 
 
負債額は6億円。で、よほどショックだったのでしょう。それ以上考えなくていいように、海馬がその機能を停止してしまったようです。そして、そんなオヤジの面倒は母が最後まで見ることになりました。「おかやん、いつでも施設にいれるぞ」という私に、母は「なんとか頑張るわ」と答えながら、ずっと世話を続けました。
 
 
私はほとんど母に任せきりで、何もしませんでした。でも、少しだけでも、、、横で見ましたし、話も聞きました。
 
 
なので、認知症の大変さはよくわかっています。
 
 
あれは、、、
 
 
地獄だよ。
 
 
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幸運にも、私には多少のお金はある。母も、働かずに面倒を見ることも出来る。でも、みんながそう出来るわけじゃない。
 
 
もし、旦那さんが認知で、奥さんひとり高齢だったら、どうしようもないよね。逆もしかり。仕事をしながら面倒を見る?どれだけ大変か。施設もまだまだ十分じゃない。介護職員は足りてない。介護職員の給料はメチャクチャ安い。もっと国が保護しなきゃ。看護婦さんレベルに給料取れるようにして、資格も厳しくし、人数を増やすべきだよね。
 
 
政治家さん、いろいろ大変だけど、頑張って制度を良くしてほしい。今の制度では、施設も、働く人も、施設に入る人も、全てが損するようにできてるよ。民主党のように、意味のない揚げ足取りで時間をつぶしている場合じゃないって。
 
 
早く、国民たちを助けてあげてほしい。
 
 
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認知症を考えるとき、
いつもひとつの映画を思い出します。
 
  
私が小さい頃に見た、「ジョニーは戦場に行った」という映画です。多分、小学生の頃だったのかな。とても怖くて、今でも印象に残っています。
 
 
戦場で傷を負って植物人間になってしまったジョニーは、周りから「全く意識がない」と思われながらベッドにいます。彼は目も耳も鼻も口も、手足さえも失い、ただの肉塊として横たわっているのです。たまに見せる反応も、単なるけいれんとして受け取られてしまいます。それで長い月日が経つのですが、、、
 
 
ある日、実はジョニーに意識があり、それを訴えようとしていることに看護婦が気づきます。
 
 
つまり、全く意識のない状況と周りが考えていたのに、自分の中ではしっかりとした意識があって、それを外に出せないだけだったという、まさに暗黒と孤独の象徴のような映画でした。
 
 
子供心に、「これ以上怖いことはあるだろうか?」と恐ろしかったのを覚えています。
 
 
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認知症というのは、「周りは大変だけど本人は幸せ」と医者は言います(言いました)。「わからない」と思われているからです。
 
 
もし、認知症というのが「自分の意識ははっきりしているが、表には全くだせない、表現できない病気」であったとしたら、、、
  
 
あのジョニーのような孤独が待っているのでしょうか。
 
 
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今日は話が暗いぞ。
 
 
でもさ、昔、こんなに認知症って多くなかったよね。90歳の人の病気だった。いま、多すぎる。これってさ、まだ発見されてない(今の技術では発見できない)ウイルスみたいなものがあるんじゃね?
 
 
写真はホームにいる私だよ。飛びこんだら管理責任を問われるかもだよ。
さて、日本に帰ったし、明日も頑張るぞ。
 
 
私たち元気で頑張れる世代が頑張って、日本を盛り上げて助けていかなきゃね。それが私たちに出来ることであり、私たちの義務だよね。
 
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最後に、、、
 
 
認知症のご家族の介護をされてる方々、本当にご苦労さまです。大切なご家族であればこそ、つらい作業だと思います。そのお気持ち、その大変さ、お察しいたします。どうかお身体壊されないようご自愛くださいませ。
 
 
そして、単なる私の仮説ですが、、、
 
  
ひょっとしたら、認知症のご本人は、ジョニーのように「表面に出せないだけ」なのかも知れません。
 
 
もちろん、大変さは良く知っておるつもりです。「この人を殺して自分も死のうか」と思うこともあるほどのつらさだと思います。心身ともに疲れてしまって、優しい言葉をかける余裕なんてないくらいのものだと思います。
 
  
でも、ひとこと「愛してるよ」と声をかけてみるのもひとつかもしれません。ひょっとしたらひょっとして、返事はなくても、、、
 
  
伝わっていたとしたら、素敵なことではないでしょうか。
 

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